「恕」と「仁」の違い
最近、主に致知で論語に触れるようになって疑問に思っていたのが、
「恕」と「仁」の違いです。
どちらも「思いやり(の心)」だと説明されていることが多いのですが、何かしらニュアンスの違いがあるのだろうなと思っていました。
調べてみたところ、以下の久喜中学校の関校長の解説がわかりやすかったです。
http://www.kuki-city.ed.jp/kuki-j/03tayori/tayori2010/kukitayori201008.pdf
渋沢栄一の考え方についても触れています。こんなお話をしてくれる校長先生素敵ですね。
「恕」=自分基準の思いやり
「仁」=他人基準の思いやり
私たちの日常にもありますよね。
他人のためによかれと思ってしたことが、裏目に出たり。それって、一つには自分がされてうれしいと思うことと、相手がされてうれしいと思うことにギャップがあったせいで起こるのだと思います。
最終目標は「仁」なのでしょうが、書かれている通り、真に相手のことを思いやるのは難しい。
だから、まずは自分のされていやなことをしない、自分がされてうれしいことからはじめよう。それを積み重ねて、「仁」に近づいていこう。
勉強になりました。
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